昭和18年『共生』誌における椎尾辨匡師の言説について

平成21年度浄土宗総合学術大会/平成21年9月4日 於大正大学 加藤良光

本稿は、昭和18年に財團法人「共生會」によって刊行された月刊『共生』誌の1月号から12月号までに掲載された椎尾辨匡師の執筆文、講演録の中から椎尾師の言説について、検討するものである。

椎尾師の言説について以下の項目を設け、見ていくこととする。

年頭の辞

大東亞戰も既に第二年に入り、國策彌々整ひ戰意益々堅く、吾等の覺悟も更に新なるものがなければならぬ。(資料1)
黄金、資財、鐡油、炭鑛物量をたのむ唯物主義から脱却するのが第一である。それらは如何に豐富でも盡期あり、之にすがる人は餘れば横暴贅澤となり乏しければ搾取侵略となる。須らく天地無限の生々發展力を頂戴すべし、(中略)我か身に生命、物に財權、心に自由靈能を主張する個人主義から脱却するのが第二である。自覺獨立人權などの勝手な主張や自分のみ息災延命得福せんと祈願する迷信やを捨て、一大生命に歸一せんがために承詔必謹歸佛精進すべきである。我が榮華や錢儲や自由やでなく、この全身み業に勵み大御心に遵ふばかりである。
けつ乏に立ち上り艱難に踊躍刻々の業務に帝業を賛し如來を拜み眞人の有難さを感謝する銃後日本國民の新體制、眞生活態度を確立するのが今年の急務であり、以て長久に戰線を推進し得べく、又以て萬邦を新序眞體に導成し得る譯である。
                    (『共生』誌、昭和18年1月号・1頁「年頭の辭」、執筆文)

とあって、椎尾辨匡師は昭和18年の年頭の辞として、大東亜戦争の第2年目にあたり唯物主義個人主義から脱却して承詔必謹大御心に従うことが銃後の日本国民として急務であると説かれている。

五条の誓願

椎尾辨匡師は昭和18年6月22日、共生記念日にあたり、本年に念願する要目五ヵ条を発表された。

(資料2)その五とは、

一、信根を確立し時論の指導たるべきこと。
二、躬行に精進し實踐の礎石たるべきこと。
三、大御いのち大御心に歸一し大御業に勵むべきこと。
四、行届かぬは我が過と省み縁の下の力持ち葉がくれの勤に勵むべきこと。
五、長期の國難をも忍受し脚下の事務を徹底すること、特に增産、造船、重點力行、勤儉貯蓄、日本的教育信行に勉むべきこと

椎尾師は各条の解説の結語を以下のように述べられている。

一、信根を確立し時論の指導たるべきこと。

かくて共生同人は二十餘年一貫した信仰に育てられたが、愈々明るい信仰の上に立ち、信根をしつかりと立てゝ時論の指導たるべき様に努むべきである。

二、躬行に精進し實踐の礎石たるべきこと。

此の秋に當つて共生同人は愈々信仰を人間生活、日常生活の中に立て、益々身を以て精進し、衆の範となり實踐の礎石とならねばならぬ。

三、大御いのち大御心に歸一し大御業に勵むべきこと。

佛敎は業道を説いたが徹底せず本當のものが失はれたが、共生同人は廿年來業務道について、本當にまとまつた道として學び實踐し來つた筈である。此際一層奮起して、大御心にすべてを歸一し奉り、陛下の大み業を歓喜奉行せんことを切望する。今日程、大みいのちに歸一し、大御業に捧げ働く事の大切なる時機はないのである。

四、行届かぬは我が過と省み縁の下の力持ち葉がくれの勤に勵むべきこと。

共生同人は廿年來、會の盛大、會員の多數を目標にせず、たゞ黙々國のため道のためと捧げて來た。今や時局まことに重大、一層縁の下の力持ち葉がくれの勤めに勵まねばならない。

五、長期の國難をも忍受し脚下の事務を徹底すること、特に增産、造船、重點力行、勤儉貯蓄、日本的教育信行に勉むべきこと。

時は今である。處は脚下である。共生同人はよろしくこの重大時局下に立つて且つ意義ある共生記念日を通して決心を新にし猛進されん事を切望して已まない次第である。

(『共生』誌、昭和18年8月号・2頁~7頁「五條の誓願」昭和18年6月22日・東京教善寺にての講演録)

このように、椎尾師は昭和18年の共生会実践要目として時論指導・実践礎石・天皇帰一・葉隠勉励・脚下徹底を挙げられている。

対米英感

米の準備は段々と増強し刻々に日本を壓迫して來た事である。昨年の四月までは米は全敗であつたが四月からは日本にも多少の損害があつた。本年五月からはアリユーシアン、ソロモン方面の戰局では五分々々一進一退といふ膠着状態となり戰は日毎に苛烈を加えて來た。(中略)一昨年の戰爭の開始以前は、ルーズヴエルト等首腦部の動きであつたが、今日は全米人が意識して進めてゐる。即ち西洋文化の支持、西洋文物及民族を保存するための戰ひであると、米人心、歐米の人心を新にして抗日をあふつてゐるのである。(中略)思想生活に於ては日本には大なる力があり、必ず切り抜けることゝ考へるが、一般民衆を支配するものは米英模倣である。之を撃滅し盡してその殘滓を出さない様にしなければならぬ。米英思想を持つものは、米英が調子づいて來るともう駄目だと考へる、是は知らずして敵の謀略にかゝるのである。(資料3)
(『共生』誌、昭和18年10月号・11頁~12頁「聖業に生きる(1)」昭和18年8月9日・共生会中部結衆・愛知龍泉院にての講演録)

とあって椎尾師は、アメリカ軍との戦いが昨年と異なって日本にも損害があり、アメリカは西洋文物及び民族保存のために日本と戦っており、日本の一般民衆にはアメリカ・イギリスの思想を持っている者がいるがその考えは敵の謀略にかかることになるから撃滅し尽くすべきと論じられている。

敵愾心

米英は歐米文化の支持、西洋文物及民族を維持するための戰であるといふが、この西洋文化に對して我は如何なる態度をとるか、米英が病院船を襲ふに對して我は斷じて是をなさずと云ひ、米英が幼兒を殺傷するとも我は是をなさずとする。父は敵彈に死すとも我は大義に生きんと敎へる母の言葉こそ眞の敵愾心である。單なる復讐心ではない。七百年前の仇討ではなく、陛下の大御心を貫く敵愾心を、正しい敵愾心を一切を抱擁しつゝ不義不徳をせぬといふ堂々たる敵愾心を以て對するのである。(資料4)
『共生』誌、昭和18年11月号・13頁「聖業に生きる(2)」昭和18年8月9日・共生会中部結衆・愛知龍泉院にての講演録

とあって椎尾師は、アメリカ・イギリスに対し正しい敵愾心を持つべきであると主張されている。

教育

敎育に於て敎育者の敎育技術は、歐米の模倣であつて、末節的な研究や技術の發達があつて、眞面目な意味の敎育はなく妙な處に發達を遂げたのである。(中略)本年からは時局指導は敎育に依らねばならぬといふ事が一層強調されるやうになり、國民敎育の考察も進められ、大御心を體して日本精神の確立に邁進、皇道に則る敎育に拍車をかける様になつた事は喜ばしい次第である。(資料5)
(『共生』誌、昭和18年10月号・14頁「聖業に生きる(1)」昭和18年8月9日・共生会中部結衆・愛知龍泉院にての講演録)

とあって椎尾師は、従来の教育は欧米の模倣であったが、本年から皇道教育に拍車がかかったことは喜ばしいと説かれている。

宗教

將來の宗敎は少くとも社會の敎化力とならねばならぬ。大御心に歸一し、大生命に隨順して共に生きる喜びを感じる、共同の信仰とならねばならぬ。個人々々の信仰や、宗派敎派を越え、共同の大生活に一致せしめる様にするための一大敎化力となる必要がある。(資料5)
宗敎團體法は個人靈魂を否定してゐる。國家は共生を取入れたとは云はないが、共生、共同生命の上に立つてゐる。本當の信仰は大生命主義であつて、全世界は一つにつながり一國として處を得ざることなからしむ八紘爲宇の信念である。即ち宗敎に根本的な改革を與へてゐるのである。傳統の宗派敎派に拘泥するものには大きな惱みである。
(『共生』誌、昭和18年10月号・14頁・5頁「聖業に生きる(1)」昭和18年8月9日・共生会中部結衆・愛知龍泉院にての講演録)

とあって椎尾師の説く宗教とは、大御心に帰一する信仰、つまり天皇を中心とする宗教であり、伝統の宗派教派を越えたものであるとされる。

学徒出陣

本年に入つて中等敎育も高專大學も皇道に則る敎育に新しく出發した。然るにその敎育の課程に、理工醫等も多分に米英の模倣あり、事實に於て日本的ならぬものが多い。またその思想も、先生の個人主義、自由主義も、日本的とは云へない。是らから米英主義を取去ることは至難に近かつた。(資料6)
然るに學徒の出征といふ壯擧は是等の問題を解決する事となつた。學徒の出陣は壯丁の必要より起つた事であるが、而して全學徒といふ事であるが、結果は法文系の者が即時入営となり、十二月一日乃至十日に入つて軍的敎育を受け、來年一つぱいにてその資格を得るのである。理工科は即時入営ではないが、その學地に於て軍的敎育を受けるのであるから、結局は同じで全學徒が茲に軍的敎育を受ける事となつたのである。(中略)要するに敎育は軍と協力する軍的敎育となり、又一方實生活に必要なるもので空虚なる敎育は叩き破り、錬り直し、以て剛健質實で大御命に従ひ大み業に捧げる皇國民となすのである。
學徒の戰陣に走せ參じるのは決して職業のためではない。唯だ至純君國のために筆を捨てゝ走せ參ずるのである。此の靑年將校の下に又靑少年が走せ參じ、茲に新鮮優秀なる軍力が倍加されるのである。
學徒の出陣は商人の轉廢と共に大いなる敎育の變化を來し、更に都市の農村化と共に決戰下の一大改革であり斯くして着々と自由主義より擧國一體へと邁進するのである。
(『共生』誌、昭和18年12月号・2頁~3頁「敎育の新方向」昭和18年11月22日・東京霊巌寺にての講演録)

とあって、椎尾師は学徒の出陣は皇道教育に基づき、徴兵の必要から起こった壮挙であると言われ、純粋に国家のための一大改革であるとして肯定されているのである。

以上、昭和18年『共生』誌における椎尾辨匡師の言説について、年頭の辞・五条の誓願・対米英感・敵愾心・教育・宗教・学徒出陣の項目を立てて検討してきた訳であるが、ここに見られるのは、太平洋戦争が2年目となり、アメリカ軍との戦いが昨年と異なって日本にも損害があることから、敵愾心を持ってアメリカ・イギリスの思想を撃滅し、皇道教育・天皇中心の宗教を進め、学徒の出陣は国家のための一大改革であるとの主張である。