はじめに

 輸血拒否の宗教団体として知られている「エホバの証人」は、寺院にも伝道にやってくる。そして、「宗教についてお話ししませんか。」と言ってくる。筆者はしばしば彼らの言葉に応じて話し合いを経験した。そして、彼らの出版物のいくつかを読んでみた。それらのことから筆者の理解した「エホバの証人」の姿を以下に示していくことにする。

 本稿のタイトルを『「エホバの証人」と進化論』としたのは次のような理由による。すなわち、彼らと宗教上の事柄について話し合う時、彼らの依るものは聖書であり、筆者の依るものは仏典である。そのため、共通の土台に立つことができない。「エホバの証人」は聖書の内容に反するとして進化論に反対する。彼らは進化論を宗教上の問題として見る。筆者は進化論を科学として見る。見方は異なるが進化論については彼らと共通の土台に立つことができる。

 そこで、本稿は「エホバの証人」と進化論との関係を最終的テーマとして挙げることにした。また、その前段階の理解として「エホバの証人」の現況と歴史、宗教と科学との論争を見ていくこととする。